その資格  過ぎ去りし日々 -デスマスク編-



13年間信じてきたものが覆されたなんて、
それをいうなら俺もそうなんだぜ?



  この聖闘士としての力を手に入れた時に思ったことがある。
  「実は簡単に世界が手に入るんじゃねぇのか」…ってな。
  だってそうだろ? あの鬼のクソみてーに強かった師匠に、今の俺は手加減しながらでも勝てる。しかも、もう少しすりゃあ聖域に行って、教皇から黄金聖衣っていう間違いなく地上最強の鎧が手に入る予定になってる。
  今のオレなら、どっかの大統領から核のスイッチとりあげてみるって馬鹿げたデカイことも、ローマにいるこれまた教皇って呼ばれてるヤツの面にラクガキかますなんて実にガキ臭いことも、完璧にできる。…んなことに興味は無いがな。
  道徳的問題だのアテナへの忠誠心? そんなの関係ねぇよ。純粋に人間が持つ破壊衝動ってのは、認めたくなかろうが確かに人の心の中にあるものだ。
  ポテンシャル、ようするに潜在的な可能性の問題だ。やって良いとか悪いとかじゃない、出来るのか出来ないのかですべてを分けて考えるんだ。

  そんなことを頭の中で想像しちゃあ一人で笑ってたんだから、それだけでも今思えば俺もガキだったんだが。
  まぁ、とにかくオレは自信満々で聖域に乗り込んだ。
  教皇の間で頭を下げながらも、このジジイも殺れるなと思った。…んだから、可能性の問題だっての。
  とにかく、これが聖闘士のトップというなら、マジで地上征服もチョロイんじゃないかと逆に心配になるくらいだった。
  そう、あの時までは…。

  黄金聖衣を授かった後、お披露目と称して他の黄金聖闘士に引き会わされた。神妙な顔した野郎と、少なくともツラだけは一級品のヤツが目に入って、それぞれカプリコーンとピスケスだと名乗った。
  なんつーか、こいつらの第一印象は薄い。理由ははっきりしてる。その場にジェミニとサジタリアスが居たからだ。
 この二人に比べたら、俺なんかはマジでひよっこだった。自分では吼えてるつもりでも、口から出てるのはピヨピヨとカワイイ鳴き声だったことを自分の耳がはっきりと聞き取った、そんな感じだった。
 それなのに、不思議と悔しくなかった。年が違うからとか、そういう負け惜しみは出てこず、マジで圧倒された。
 形だけじゃなく、心からの礼をしている頃には、可能性は机上の空論となって消え去った。

 サジタリアスが反逆の咎で追われていた時、オレは真っ先にジェミニを探した。サジタリアスは至高の黄金。黄金といっても雛の黄色さの混じってるオレらでは、分が悪すぎる。だから探した。
 そして、人が出払い静寂に包まれた教皇の間に歩を進めた。教皇候補だったジェミニならば、事態収拾の為に代理としてでもなんでも今ここに居るのではないかと思ったのだ。
 だがそこに居たのは、教皇の法衣をまとった姿で苦しみもがくジェミニで、オレは混乱した。俺がいつも光の速さで操る体なのに、ピクリとも動けず立ち尽くした。
 混乱して、頭がグルグルして、そんで空回っちまえば楽だったのかもしれないが、そう都合よくはいかないもんで、いつもよりグルグル回転の早い頭が閃いちまった。
 選ばれなかった者の嫉みだとか、俺が昔思っていた、あの、とある可能性についての事だとか、馴染みのある思考回路に電流が走ったと思ったら次々と連鎖で接続して、頭の中にポンと解が出力されてた。
 俺には分かっちまったんだ。選ばれなかったジェミニが選ばれたサジタリアスをハメたんだってな。
 思いついちまったモノはとんでもない内容だったが、 そのおかげで混乱からは抜け出せたりした。
 いつの間にか、赤い光を宿した瞳がこちらを見すえていた。
 正直、殺られると思った。見てはいけないものを見た者の末路を自分も辿るのかと、ビビらなかったと言えば嘘になる。だが、混乱から抜け出たばかりの俺は、実に冷静に自分の意思でその眼前に膝を折った。
 するとジェミニ…いや、教皇だったな。教皇は笑った。勝ち誇ったように、満足そうに。
 そうやって笑われる程には馬鹿なことをしたような気もする。いや、人が聞けば十中八九は馬鹿なことをと言うんだろう。
  だが、俺の中で封印され続けるはずだった可能性というパンドラの箱が、その時に開かれちまったワケだ。中に詰っていたものは皆飛び出ていき、語り継がれる神話の通りに、残されているものは一つの、ただ一つの道なのだ。
  可能性はもはやその性質を変え、現実の事態として出現した。産み落としたのは他ならぬジェミニだったが、なにもおかしな事は無い。俺には無くて、生まれたての赤ん坊にもなくて、二人いた至高の黄金の内でもジェミニにはそれだけの力と意思があったのだから。
  見出した可能性を具現化させた、その資格ある者にこそ俺は従う。物語の続きを紡ぐ為に必要なことがあれば叶えてやる。欲しいものがあれば俺の力でもって奪って来てやるし、悪知恵でよければ知恵も貸す。
 だから、邪魔する者がいるのならば迷わずこの俺に勅命を下せ。

  自分はアテナだとか名乗ってる小娘が東洋の島国日本にいるという。
  しかも、俺からすれば取るに足らないが、青銅のガキどもをお取り巻きにしているらしい。
  いくらあのサジタリアスが抱いて逃げたとはいえ、どう巡り巡ってそんなに遠くまで辿りついたかとか、そもそもその小娘があの時の赤ん坊で、本物のアテナかどうかなんて、…んなことはどうでもいい。
  この地上を手に入れ支配するという物語の主人公は一人だけでいいんだ。どちらが地上を深く愛せるかとかなんて、実際にやってみてから比べなければ分かるわけがねぇ。
  この地上を支配するだけの資格があるか、ポセイドンにもハーデスにもその資格が無いってんなら、果たしてアテナ自身にその資格があるのかどうか、どれも同じ神なんだ、疑ってかかって何が悪いってんだ。
  思うんだが、神とはつくづく嫉妬深くて独占欲の強い連中だ。他が良いものを手に入れたら自分も欲しくなり、一度手にしたものは例えゴミでも余所にくれてやるのが我慢ならねぇ。
  しかも、奪うとなったら力ずくで、守るにしたって力ずくだ。聖戦なんて飾った言葉を使っちゃいるが、要するにそういうこと。結局、地上というお宝を手にする資格があるのは、奪って守るだけの力を持っているか否かなのだ。
  ジェミニも地上を欲し、アテナもまたそれを欲するのなら、もう行きつくところは決まっている。どちらの力が勝っているのか、それをハッキリさせるだけだ。
  強いヤツが欲しいものを手にすることができる。
  この教皇は強い。地上は、それを手に入れるべき資格のある者の手に。あの日に俺を一目で圧倒したあの光を見せつけて。


俺が弱いという理由ならまだしも、
力以外の何かに敗北するなんてな。
まったくよぉ・・・・・。







-END-



  あとがき        2004/1/27 風波

約一年ぶりの更新です、このシリーズ。(シリーズなんです一応…。)
しかもなんだかおかしいことに、ニ番手はデスマスクになりました。
あれ? 私はシャカ編を書き上げようと思っていたはずなのですが?
しかもこのペースでいくとすると、完成はあと十年後だなぁ…。

今回のキーワードは、可能性と資格。
リアルタイムで読んでいた頃、デスマスクは単なる悪役だとしか思っていませんでした。
悪だから邪悪な教皇に味方したのだと。
けれど、嘆きの壁の破壊シーンで出てきて、謎が深まりました。
グズグズしていたら、エピソードGで新たな事実が次々発覚ですが、
私的にはこんな感じです。正義とか悪とかは関係なく、実力主義のデスマスク。
ハーデスは昔からアテナに連敗してるので、資格が無いわけです。
ちなみに、上下のセリフは、
黄金聖衣を得るための資格は強さだけではなかったのだなという、
キャンサーの黄金聖衣に対する愚痴だったりします。