リング 〜循環〜


 ある伯爵が女を愛していた。だが、その女は伯爵を好いてはいなかった。伯爵は女に、衣装を作り、花を贈り、たくさんの宝石で飾ってやったが、自らの心で女を捕らえることはできなかった。

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 一方、女には他に気になる男がいた。その男は美しかった。そして優しかった。女は男が老いた母の世話をしながら穏やかに暮らす姿を、向かいのアパートメントからずっと見ていた。そして、いつのまにか心を奪わていたのであった。

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 しかしそれはあまりに秘めた思いだったので、男は気づかぬまま、町の酒場で客をひく熟れた娼婦に惹かれていた。金で体をつなげることは簡単だったが、夜明け近くに娼婦がうかべる、笑みに漂う悲しみごと抱き締めてあげたかったので、それはやめた。

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 娼婦は幼い頃に売られて以来、ずっと男に抱かれることで食べてきた。数えきれぬ男に愛を囁かれたが、娼婦にとって愛とは日々の糧であり粉口をしのぐための道具でしかなかった。それでも、客のつかまらなかった冬の夜、一人寝はひどく寒いからという理由で寝た男娼と分け合った温もりは、愛と呼んでみてもいい、などと思っていた。

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 男娼は流れ者で、元は小間物を売り歩いていたが、いつの頃からか身を堕した。たしか金のためだった。まだ村にいた頃、男娼が愛したのは、血のつながった実の妹だった。抑えられなくなりそうな己の欲望が恐ろしくて、家から逃げ出したのだった。

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 妹は、同じ村で生まれ育った幼なじみが好きだった。友達としての好きから、淡い恋心、そして愛情へと、体の成熟と共に二人で育ててきた。そして婚約までこぎつけた時、幼なじみの青年は戦に行かねばならなくなった。兄が家を出てしまったこともあり、予定を早めて結婚式をあげたが、それは夫を戦場へと送り出すためだった。

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 夫は戦場で天使に会った。その衛生服に身を包んだ天使は、まだ少女の面差しを残していたが、血と泥でドス黒く汚れた兵の姿にも怯まず、ただし決して笑顔は見せずに黙々と働いていた。ある月夜の晩に、手紙を読んで微笑む少女を見てしまってから、夫は村に残してきた妻を忘れた。

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 少女は母と二人で生きてきた。実の父のことは知らない。死んだと聞かされている。だがある日のこと、母が背の高い男を連れてきて、今日から義父になるのだと言った。義父は優しい男で、優しい男で、少女は母に嫉妬した。自分の幼さも義理の関係も飛び越えて、背の高い優しい男を愛した。しかし母が気がついた。そして母は爛れた娘を戦場へと追いやってしまった。

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 義父はまだ若く三十前だった。妻となった女にも娘となった少女にも優しかったが、それは愛情と言うよりは、限りない親切だった。優しい義父には他に心をささげた青年がいた。その青年とはけして結ばれないと分かっていながらも、思う気持ちは消せずにいた。そんな後ろめたさも手伝って、ますます義父は優しくなった。

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 青年は駆け出しの音楽家で、最近やっと運が向いてきたところだ。パトロンも付き、前途揚々。ある日のサロンでの演奏の後、屋敷の散策をしていた時に、青年はその家の令嬢と一瞬目が合った。恋に落ちた。燃えあがった激しい情熱は、青年の才能を完全に開花させたが、令嬢はすぐに他の貴族のもとに嫁いでいってしまった。

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 令嬢は、とある伯爵の花嫁となった。周りからは政略結婚だと陰口が聞こえていたが、令嬢は歯牙にもかけなかった。以前、夜道で馬車が暴漢に襲われそうになった時、たまたま通りかかった伯爵に助けられて以来、二人は手紙をやり取りしていたのだから。

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 だが、伯爵は別の女を愛していた。友人のつもりで交わしていた手紙。真実は政略結婚だった。しかし見初めた女は伯爵を好いてはいなかった。伯爵は女に衣装を作り、花を贈り、宝石で飾ってやったが、自らの心で女を捕らえることはできなかった。

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 一方、女には・・・・

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